42期 徒然草
「天皇」書評 東 風輝

1 著者・矢作直樹について

 1956年神奈川県生まれ(58才)。金沢大学医学部卒業後、臨床医として勤務しつつ医療機器の開発に携わる。1999年、東京大学工学部精密機械工学科教授。2001年、東大医学部救急医学分野教授、同大医学部附属病院救急部・集中治療部長(現職)。
 この間、今上陛下が東大病院で治療を受けられた際にはその医師団に加わった。
 2011年、「人は死なない」上梓(ベストセラー)。本書は、2013年9月に発行。

2 著者は、昭和から平成に変わった頃、患者やその家族にある変化が生じていることに気づき戸惑いを覚えるようになった。即ち、可能な限りの治療を尽くした結果亡くなってしまった場合、それまではそれですんなり納得したが、最近は「なんで?他にもっと適切な方法があったのでは?」となることがある。
 そして、これは医療現場に限ったことではなく、"利益の追求が何よりも優先され、公よりも個人に重きを置く"ことが社会通念化しているようだ。
 更に、"このような価値観の変化は、日本人が天皇陛下の存在を意識しなくなったからではないか"と考えた。

3 本書では、最初に今上陛下の「平成の玉音放送」(東日本大震災直後のビデオ放送)やその後病身をおして強行された7週連続の被災地行幸啓、或いは昭和天皇の「戦争終結詔書」などを例に"皇室と国民は一体である(君臣一如)"ことや天皇は"祈る人"(この国の平和と安定を祈る最上位の神主)であることを説く。
 また天皇の務めを説明した第5章では、国民の幸せと繁栄を祈る"宮中祭祀"が最も大事であり、これが天皇家の私的行事とされてしまっている現状を嘆いている。
  これらは、我々が日頃なんとなく感じていた歴代天皇の慈愛の深さと滅私を確信させられるものであり、改めてこの国における天皇の位置づけを考えさせられた。

  また、神道について、"真の神道は国家神道とは別物でその対極にある"、"大乗仏教が生物を衆生としているのに対し、経典を持たない神道は植物や無生物まで含めた自然物一切に神が宿るとし、仏教さえも吸収する寛大さ有している"と記している。
 なるほど、それで神仏合体が許されているのかと合点するとともに、他の四大宗教と同一レベルで観るのは間違っているかもしれない、いわゆる宗教ではなく哲学かもしれない、と感じた。

 特に、宗教や民族の違いに起因する紛争が絶えない現下の国際状況を打開したり、将来の人類の和解を展望するヒントがあるかも知れないとさえ思った。

4 今上天皇が"象徴"について「大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば、日本国憲法の在り方のほうが天皇の長い歴史を見た場合、伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います」と述べられた、とも記されている。

5 最初標題を見たとき、もっと薄っぺらな内容の本かと思ったが、予想外の刺激を受けてしまった。(終り)

                                                             (平成26年10月記)