42期 徒然草 フール・ストレート
安楽障害

 平成21年3月25日私は耳鼻咽喉科を受診し、花粉症のタリオンOD錠、メコバラン錠、ベルベゾロン点眼鼻耳薬をもらいました。
 眠気が激しく、点眼鼻耳薬が喉まで通ったせいなのか重い風邪を引いたときのように喉と胸が痛み、やや多量の黄色い痰を吐きました。薬が合わないと自己判断し、3月28日には花粉症の薬の服用を止めました。

 3月29日は日曜日でした。前夜一睡もできず熱が36.9℃あったので、寄る年波を思い、当番医を探して自宅から相当に遠い病院へ行きました。私と同年同月生まれだと愛想のいい医師が、レントゲンの結果肺炎だと言いました。
 隣接の薬局へ行ったら、沢山の薬が出されてしました。
 そんなに沢山一度に出したら、どの薬が利いているのか分からないではないか、と文句をいう気力もなかったので、黙って受取りました。4月4日まで毎日通院しました。

 尾籠な話で申し訳ありませんが、当番医からもらった薬を飲んでいる間は、頻繁な排便がありました。
 私は珍しい現象だと思いました。これまでは、○○の薬を飲むと便秘することが多いので、便秘薬も合わせて出しておきます、という説明が通常でした。
 1日4回も排便するので、風邪っ気は回復しないが、大腸がすっきり食欲は戻りました。

 私は、風邪薬が便秘薬以上に効能があるのはおかしいと思い、処方箋を見直しました。
 何と痴呆の進行が原因でした。
 ムコダインと塩化リゾチウム朝昼晩各1錠の指示なのに、私は各3錠飲んでいました。
 つまり私は、2日間で6日分の薬を服用しておりました。


 以上の2つの受診は、長い前置きです。

 同年5月14日、朝から仰天したほどもの凄く黄色く濁った尿が夜まで続きました。
 疲労感とむかつきが終日ありましたが、特に寝込むほどの気分の不調はありませんでした。

 翌15日朝から市民病院を受診しました。問診後、血液検査があり、その結果説明を受けました。
 担当のT部長先生は、「肝炎。がんの有無も調べる必要がある。今日から入院。」と宣告しました。T先生は俳優の平泉 成にそっくりな雰囲気の先生でした。
 外国旅行で人に言えないようなことはしてないかと、平泉 成のように聞きました。

 私は妙なことになったと思い、一旦帰宅し入院支度。
 妻に同行してもらい16:45から若い先生の治療方針等の説明を受けました。
 看護計画書には、
  ★傷病名:安楽障害 
  ★関連因子:肝機能による倦怠感や食欲不振などの苦痛 
  ★診療目標:肝機能異常による諸症状を改善
 と書いてありました。

 15日夕から20日まで黄疸が出ました。全身が辛子色になって痒くてたまりません。
 頭の中まで痒いのですが、手の打ちようがないのには気が狂いそうでした。

 月曜18日には肝臓の造影スキャンがありました。若手先生からこれまでの検査の説明があり、黄疸を示す数値は現状と一致、肝炎や肝がんと断定する数値映像は出ていない。
 また、好酸球の数値が高いが、最近イノシシの肉を食べなかったかと言われました。
 他に何か思い当たることはなかったかと尋ねられたので、私は上記2受診のことを説明しましたが、若手先生は、クソじじい、つまらないこと言うと我慢している様子でした。

 若手先生は、21日にERCP(内視鏡的逆行性膵胆管造影)検査をして、膵臓がんの有無も調べると言いました。
 たまたまですが、病棟のロビーの図書に膵臓がんのパンフがありました。
 読んで見ると私の現在の症状の大半が該当していました。でも専門的素養のない私は、切実感に襲われることもなく、ふーんと思うだけでした。

 21日の夕方T部長と若手先生が来て、ERCP検査の結果、胆袋や膵臓にがんは見られないから安心してよいと説明してくれました。

 26日朝、まず若手先生が来て、今から退院していいと言いました。今回は決定的あるいは疑いのデータは、結果として出なかった。
 それからあなたの受診譚ですが、関係あるとも無関係であるとも決めるデータは出なかった。私としては、あなたの経験は今回の入院とは直接の因果関係は無いと見ています、と医者らしい説明をしてくれました。

 その後手荷物をまとめている私の所へ、T部長さんが来てくれ、平泉 成よろしく「今回は無罪放免。あんまり一人で頑張りすぎないこと。」と言って、ニッコリ笑いました。

 そんな訳で私は、実態はがん疑い、という安楽障害を経験しました。
 私は、自分が安楽野郎なのだ、と幸運に感謝しました。