42期 徒然草 フール・ストレート
初めての気絶

 平成4年1月5日は日曜日でした。明日からの仕事始めに備えて、午前中勤務先の駐屯地へ出かけてジョギングをしました。

 帰宅後昼食は取らずに、午後2時半ごろ街中のサウナ風呂に出かけました。

 サウナ風呂は、私たちが20歳前後から全国的に普及したように記憶しています。
 20代は一人身の下宿住まいもあって、私も休日にはサウナによく出かけました。30代になるとサウナは自分には強すぎて疲労を感じるようになり、ほとんど行かなくなりました。

 でもこの日は、正月の食い疲れの胃腸に刺激を与えようと思い立ち、十数年ぶりにサウナ風呂に行く気になりました。

 私は、10分間はサウナ浴室の高温に耐えられます。2度目の10分を終えてサウナ室を出て、すぐに低周波風呂に入りました。
 そのとき軽い吐き気がしたので、そこを出て今度は水風呂につかりました。
 しかし、体を冷やしても吐き気は収まりません。万一に備え、吐いた物を流しやすい排水口の近くで待機しようと思い、水風呂を出ました。

 1歩か2歩、歩いたかと思いますが、その後は記憶がありません。
 「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」という数人の声で意識が戻りました。
 一般浴槽のセメントの三和土に、真っ裸でうつ伏せに倒れている自分を感じました。
 水で冷やしたタオルを首筋にのせてくれている人がいました。また、従業員も来て、腰から下に上がり湯をかけてくれたりしているのも気づきました。

 口には人間の頭と下の海藻(お分かりですか?)がかなりくっついており、ウェーッと思いました。大衆浴場の流し場の三和土には何が流れているのかを身をもって知りました。
 あごも切れて血が流れておりました。きっと、役者が舞台でドーンと倒れてみせるように、私も棒倒れしたのではないかと思います。両方のひざ頭が内出血で黒ずんでいました。

 倒れた打撲による気絶ではなくて、気絶が先だったのだろうと、後日気づきました。
 後で記憶を辿ると、浴場内の時計で午後3時に低周波湯に入ったことを覚えているし、正気になって体についた三和土の汚れを洗い始めたのが13分ぐらいだったので、午後3時5分から8分の間に気絶したのではないかと思いました。
 面倒を見てくれた人に「10秒くらい気を失っていたのでしょうか?」と尋ねましたが、当然ながら相手もそこまでの観察はありませんでした。

 47歳にして生まれて初めて体験した気絶が、真っ裸の気絶だなんて、私は、自分は悩み深い性格だと思っていたのに、芯は喜劇的な人間なのだと、自分の本質を自覚しました。

 それにしても、仰向けに気絶しないでよかったと思いました。

 その後、1度も気絶するようなことは起こりません。