42期 徒然草 | |
親父ごめんな! | 川井 武彦 |
「貴方はいま何時ですか?」「そろそろ寝る準備をする時間ではないですか?」と他人に問いかけておきながら(24.11投稿)、さて自分はと、わが身を振り返る。 そろそろ23時(69歳)を迎える。彼岸へ渡る準備は進んだだろうか? 7年前の暮、お袋があっけなくあの世へ旅立った。それから5か月もたたないうちに親父もお袋の後を追う様にして、これまたあっけなく逝ってしまった。 私には妹と弟がいたが、妹は生後まもなく亡くなっており、弟は両親よりも早く17年前に病死した。 結果的に、私には現在の家族のほかに身内と云えるものは誰もいなくなってしまった。62歳の時だった。時間で云えば21時少し前で、まだまだ寝る準備と云う段階ではなかった。 しかし、いつ彼岸から呼び出しがかかるかわからない。ましてや心臓に爆弾を抱えている身としては、心おきなく旅立つことが出来る様にそれなりの準備をしておく必要性を感じた。 両親が亡くなった時点で、自分は郷里には戻らないと決めた。 私の家族は私の郷里に住んだことは無く、縁遠いと云うこともあり、郷里に関する諸々のことは、自分が元気な内に処理しておく必要があった。 残された者が迷ったり、困ったりしない様に、自分で出来ること、自分にしか出来ないことはしっかり片づけておくことが大事だと考える様になった。 その後、逐次身辺の整理(永眠の準備)をしてきた。 具体的には本やアルバムそれに服も整理した。整理というより断捨離をした。 もう思い出の品と呼べるものは数少ない。裸で生まれて来たのだから、あの世へ行く時も裸で良いと思う。頭の中に残っている思い出だけを抱いて行ければそれで良い。が、その時にはボケてしまっていて何も残っていないかもしれないが・・・ また、エンディングノートや遺言も書き、預金口座も整理した。築地本願寺で帰敬式(おかみそり)をやってもらい法名も頂いた。 次に取り組んだのは郷里の家の処分だ。両親とも彼岸に旅立ち、住む者が居なくなったので思い切って解体し、土地も処分した。親父の一周忌が過ぎた時だった。 自分でやれる準備は大分進んだが、最後に大きな問題が二つ残った。田んぼとお墓である。 親父が持っていた田は、分家した時に爺さんから貰ったものであり、これまで70年近く、地元の二軒の農家にその耕作をお願いして来た。 親父が亡くなるとすぐに、一軒の農家から、もう小作を辞めたいと云って来た。自分の家の田が何処に有り、どの田かも解っていない上、小作の農家とも面識が全く無い状況で、本当に困った。 農業の担い手は段々と少なくなる一方であり、田んぼを処分しようと思っても買ってくれる人もなかなかいないのが現状である。仕方なくもう一軒の農家に窮状を訴えて、とりあえず何とか引き受けてもらった。 そして、このまま田んぼを持ち続けることに大きな不安を感じた。 買ってくれる人が居ないのであれば、遺言で小作人への遺贈も考えたが、その時点で果たして上手くいくかどうか解らない。どこかへ寄贈することも考えたがこれもなかなか上手くいかない。いずれにしても自分が元気な内に何とかしておきたかった。 曲折があったが、一昨年、ようやく田を買い取ってくれる人が見つかり、何とか解決することが出来た。 親父は次男坊で分家であった。それで親父が生まれ育った家の近くにお墓を建てた。いわゆる初代の墓である。自分で云うのも何だが、それなりの立派なお墓だ。 お寺の境内ではなく、集落の共同墓地の一画にある。東を向いていて、北アルプス・立山連峰の峰々が望める様に建っている。ちょっと頭を右に振ると、本家の家も見える。そこに両親と弟・妹が眠っている。 千葉と富山と云うこともあり、墓参りにはなかなか行けない。京都・西本願寺の大谷廟に分骨を納めてあるが、京都へもこれまで3度お参りに行っただけだ。 お墓の管理(草取り等)は、叔父さんがやってくれているが、何時までも頼ってはいられない。 私の家人は富山とは縁が薄く、お墓の場所さえよく解らない状況である。また私には孫もいないことから、いずれ無縁墓となってしまう。 お墓については、親戚の意向も無視出来ないこともあり、これまでずっと頭を悩ましてきた。 遺骨の散骨や樹木葬なども考えて見たが、やはり古里の地で眠らせておきたいと思った。檀那寺に永代供養をお願いしてみたが、住職からは、私が近くで供養できる様な方策を追求すべきではとのアドバイスを頂いた。 反対する親戚もあったが、結局お墓を改葬することに決めた。 これまで引っ越しは何度となく(自衛官になって21回、それ以前にも親父の転勤などで6回)経験したが、お墓の引っ越しは初めての事である。インターネット等で調べてみたが、なかなか手続きが大変である。(改葬には法律で許可が必要である) 概要を紹介すると 1 納骨する墓又は納骨堂を決める。そこで納骨受け入れ許可証を出してもらう(書類はすべて一体毎) 2 現在ある墓の管理者から埋葬証明証をもらう 3 所在する市町村役場から改葬許可申請書を送ってもらう 4 申請書に所要事項を記入し、受け入れ許可証、埋葬証明書を添付、手数料を同封して申請(一体毎、故人の氏名、本籍、住所、命日、埋葬場所等の記入が必要である。先祖代々の墓の改葬は本当に大変だと思った) 5 許可が下りると、供養してお墓から遺骨を取り出す(遺骨の移動は、宅急便は使えないので基本的には自分ですることになる) 6 改葬許可証を新たな墓地へ提出し納骨 7 古い墓の解体 と、なる。 新たな墓地の選定だが、私は一番には永代供養をしてもらえるところ、そして交通の便の良い所を主眼に選んだ。家から近いJRの駅から徒歩2分のお寺に決めた。 郷里のお墓の近くには両親のそれぞれの親戚が住んでおり、この親戚の意向には一番気を使った。親戚とのトラブルで改葬が上手く進まないケースもあるそうだ。 7月上旬家内と二人でお骨を取りに富山へ行った。 駅前でレンタカーを借り、まず石材店に寄りお墓の解体を依頼。その後墓地に行き、供養をして遺骨を取り出す。遺骨を車に載せ墓地を後にした。 その後不思議な現象が二度続いた。発車してすぐ異様な音がし出した。一時停車して点検するが何が原因か解らない。エンジンを入れなおして動かすが異音は消えない。2~3度繰り返す内に異音は消え正常に戻った。その後500m程離れた所にある親戚の墓をお参りした。 それも終わり、いざ出発しようとしたところ又トラブルが発生した。今度はエンジンが上手く掛からない。画面には、オイルやバッテリー等の赤いマークが表示される。エンジンが掛かってアクセルを踏み込んでも前進しない。 その内、シフトがドライブに入っているのに、のろのろとバックし出すのだ。何度も!それも平坦な所なのに!正直あせった。ここでも何度も操作を繰り返した。2~3分ぐらいだったと思うが、すごく時間がかかった様に感じた。何かの拍子に正常に戻った。 これは親父たちの『ここを離れたくない!』と云う強いメッセージではなかったのでは、と思われてならなかった。親父が墓を建てた時、一番喜んだのは弟であったことも頭を過ぎった。今でも信じがたい不思議な出来事であった。 7月下旬に納骨を済ませた。郷里の墓の解体も終わった。これで懸案事項は一応解決し、家人も皆安心した様子だ。 あとはちょっとした事を残すだけで、眠る準備はほぼ完了。お迎えが来るのを待つだけだ。ただお迎えの発令が何時になるか解らない。予定されていても時期が変更になることはこれまでもしばしばあった。 肩が軽くなったせいか眠気も覚めてきた。ちょっと本でも読もうかな。気持ち良く寝付かれるように。 そうだ面白い本があったナ、読んでみよう。これは目から鱗だ。 「大往生したけりゃ医療とかかわるな」 中村仁一 幻冬舎新書 「どうせ死ぬならガンがいい」 中村仁一・近藤誠 宝島社新書 「がん治療で殺されない七つの秘訣」 近藤誠 文春新書 真夏の太陽が墓地を焼き、遠くに陽炎が立っている。 墓前にぬかずき目で語りかける。 「ここが新しい所です。ちょっと狭くなったかもしれませんが、皆で安らかにお眠り下さい。もう決して引っ越しはしませんから」 どこか頭の上のほうから声がした。 『おい、アンマ(長男のこと)!アンマや! お前さ、えらい事してくれたナ・・・わしが苦労して建てた家も墓もみぃーんな壊してしもうて!・・・ その上わしが爺さんからもろた田んぼまで手放してしもうて!・・・ こんなダラ(馬鹿)なことして!・・・ 何んもかんもワヤ(無茶苦茶)にしてしもうて!』 『おい 母ちゃん!おらっちゃ(私たち)何んとおとろしい(恐ろしい)とこへ来たもんじゃなぁ・・・ 立山はどっちじゃ? 山が全然見えんがやちゃ・・・ オラ(自分・私)とこの田んぼも、本家の家も何処に行ったがや・・・ それに、ここじゃ、うるそうて(煩くて)よう眠れんがやちゃ・・・』 『ねぇ あんた!あんたぁ! 聞こえんがか? もう 耳遠うなってしもうて・・・ お父さん!お父さんてば・・・ あんた(貴方)こそ そんなダラなこと云うもんでないがやょ・・・ アンマも一人になってズート悩んどったがやしぃ・・・ もう堪忍してやられよ・・・』 「親父ごめんな! ダラなことしたかもしれんけどぉ オレなりにいろいろ思案した結果だがやちゃ・・・仕方なかったがやちゃ・・・ 何時になるやら解らんけど、その内そっちに行くさかい、そしたら よう説明するちゃ・・・そん時は一緒にまた飲まんまいけ、母ちゃんの上手い手料理でサ・・・ これからは近かなったから、ちょこちょこ会いに来るちゃ・・・ それにオレラ(私たち)がそっちに行っても、永代にわたって、ちゃんと供養してもらえるようにしたから、安心して眠ってよ・・・ナ」 隣にいる家人に気付かれない様に、そっと目頭をぬぐい、深く頭を下げ掌を合せた。 |