42期 徒然草
読書のすすめ(8) 小 栁 毫 向
         

 今回は一風変わったそれも隠し味の聞いた上質の料理を味わうがごとく、うん、うんと頷きながら読める推理小説作家を紹介しましょう。

 その人の名は北森鴻、残念ながら数年前に若くして亡くなられています。したがって作品はそう多くありませんが、その中の4種類のシリーズものを紹介します。

* 一つは「香菜里屋」という名のビールバーを営む工藤哲也が主人公の「花の下にて春死なむ」「蛍坂」「桜宵」「香菜里屋を知っていますか」(講談社)

 このバーは4種類の濃度のビールを客の好みに応じて出し、かつ工藤の料理が絶品の創作料理であるため常連客が多い。その常連客が次次と謎を持ちこむ。その謎を解くのが工藤という設定、人情の機微に触れる謎が多い。


* 二つ目は旗師・冬狐堂こと宇佐美陶子が主人公の「緋友禅」「瑠璃の契り」(文春文庫)「狐罠」(講談社)

 旗師とは、自分の店を持たない骨董屋のこと。テレビ「なんでも鑑定団」の中島誠之助がこれだ。骨董の世界は真贋を見抜く目が命、世界有数の美術館でも贋作をつかまされることが多いそうだ。贋作はいかにして造り上げられるか、を含め骨董のドロドロとした世界に触れることができる。


* 三つ目は絵画修復師佐月恭壱が主人公の「深淵のガランス」「虚栄の肖像」(文春文庫)

 絵画の世界も相当に複雑である。作者により使う画材が違い、描く手法も異なる。そしてそれらは科学的手法でしか解明できない。これらをすべて承知しなければ絵画の修復はできない。また優れた絵画修復師は優れた贋作を描くこともできる。絵画の深い世界に触れることができる。


* 四つ目は民族学者蓮杖那智が主人公の「凶笑面」「触身仏」「写楽・考」「邪馬台」(新潮文庫)

 民俗学とは神話や地方に伝わる民話、言い伝えあるいは伝えられる物、そういうさまざまな事柄がなぜそのような形で伝えられたのかを解明する学問。神話や民話に触れながら推理を楽しめる。
 尚「邪馬台」は北森鴻と浅野里沙子との共著になっている。北森は「邪馬台」を書き上げる途上で亡くなり、北森のパートナーである浅野が完成させたものである。二人で書き上げたという違和感は感じられない。


 以上はすべて推理小説であるが北森が唯一歴史ものを書いた「蜻蛉始末」(文春文庫) これは戊辰から明治初期の時代長州の豪商藤田傅三郎を通して見た歴史もの。一読に値する。