42期 徒然草 谷口 日出男
ボクね、ひとりでお留守番、しとっとよ
 
 "おとぉーちゃん?"電話口に出たのは子供だったので、一瞬たじろぐ。声からして、男の児か女の子かわからず。

 "○○さんとこですか? 金子病院谷口ですけど"
 "そうです、○○です。いま、誰もおらんと、ぼく一人でお留守番しとっとよ"はっきりした口調の元気のいい返事が返って来た。
 "そうか、お留守番してんのか、△△子さんって、お母さんなの?"
 "うん、そうだよ、お母さん、いま仕事に行ったばっかしでおらん"
 "そうか、お母さん、仕事か、いつごろ帰って来られるかな?お昼かな、それとも夕方なの?"
 "うん、お母さん、(仕事に)行ったばっかしですぐには帰らんとよ、ボク、ひとりでお留守番しとっと"
 "僕、えらいね、ひとりでお留守番してるんだ?何年生?" 小学校2年生と答えた男の児、こちらからの
 "それじゃ、夕方にでもまた電話します。お留守番大変だけど頑張ってね" という問いかけに
 "はい、ありがとうございます" 
と答えて、大人と子供の電話での会話が終わった。

 どんな男の児だろう・・・最初に電話口に出た言葉が、おとぉーちゃんなので、男の児の父親との温かい触れ合いを感じる。
 その子にとっては、男の声は、どれもがおとぉーちゃんに聞こえるのか、そして女の人の声は、お母さんだろうか・・・

 ひとりでお留守番していると言うから、ほかに兄弟姉妹は、いないのか、只今夏休み中、折角の休みなれど、勿論父親は、仕事に出ているだろうが、こうしてまた母親も子供を一人、残して働きに出ている。
 さっきお母さんが仕事に出たばかりというから、まだその見送りの余韻は、残っているんだろう。そんな時の俺からの電話だった。
 電話の受け答えもしっかりしているし、そして最後にはこちらの頑張ってねという問いかけにちゃんと"ありがとうございます"と答えていた。

 ありがとうございますとお礼を言えるなんて、誠に躾の行き届いている子である。
 

 お母さんへの電話は、お礼?をいうためだった。

 うちの職員が公用車(軽)でスーパーに、買い物に行った際、駐車中の車に、バックしてきた車にぶっつけられた。
 左後部に打痕による凹みと疵を残した。車が古けりゃチョコチョコッと塗料でも縫ってごまかせるほどの小さな疵あとだが、まだどこも疵ついてない新しい車だし、公用車であることもあり、即、ぶっつけた向こう持ちで修理となった。
 その電話口に出た男の児のお母さんが、当事者である。

 丁度、お盆の最中の、慌ただしいそして狂うような暑さの時季のちいさな事故である。修理に当たってのやり取りでは、向こうは何度も謝罪の言葉を返していた。
 修理は、そのお母さんの知り合いの整備工場に頼み、2日で完了し、先程病院へ届けられた。きれいに洗車までしてあり、凹んでたとこは、なんか前よりきれいになった感じである。好感の持てる整備工場の若者から受け取った。

 その報告とお礼を兼ねて電話したのだ。どのくらいかかったんだろう?
 軽微な物損事故だったので警察への報告もしなかったいうから保険も効かないかもしれない。
 そうなると手出しである。働くおかあさんにとっては、痛い出費かもしれない。高い授業料になった。

 その男の児は、お母さんの起こした事故のこと、知らされているんだろうか?
 子供は、だれもがお母さん思いだろうけど、その男の児との電話のやり取りを見ると、余計にそう感じる。
 大変だったね、おかあさん。
 
 毎朝の通勤、夏休みで登校する児童の姿は見ないが、ある区間に来ると、日傘をさして歩く若いママの後を、いつものカバンでなくリュックを背負った女の子が小走りで追いかけて歩いているのを見かける。
 ママの仕事に合わせて学童保育に通う子である。夏休みであれば朝寝もしたいだろうが、こうして毎朝、早くから起こされ、夕方まで学童保育に通う。
 この子にとって、夏休みだからと面倒を見て貰えるおじいちゃん、おばあちゃんも近くには居ないんだろう。
 夏休みだからといってなんにも変わりない日々の繰り返しなんである。

 どこも働くお母さんとその子供は、頑張って生きているなぁ・・・

 間もなく、お昼、そのお留守番している男の児、お昼ご飯は、どんなんして食べてんだろう・・・


  頑張れよ! お留守番!