42期 徒然草
 「一歩前へ」 谷口 日出男

 あれっ!さっきは便座を使ったのかな?

 時計を見ると午前四時前、二時間ほど前に行った時の行動が、もう思い出せない。
 男は、その倒してある便座を起こさないと用ができない。座って小用だけというのは、この年代の男にとっては、落ち着かなく、立ったまま、出来るから男なのである。

 しかし、この洋式トイレの時代になってから男にとって小用をたすのは、発射空域が制限され、難しくなってきた。飛び過ぎれば立ててある便座を濡らし、後から入る妻に"またぁ・・・"と言われる。手前で落っこちれば自分の足元や、時にはパジャマの窓口付近を濡らしてしまう。

 このところ、もう、めったに前に飛び過ぎることはないのでこの頃は、いつも「一歩前へ」の精神なり。

 すべての発射態勢は整った、放水開始!と号令をかけても蛇口から放水されるまでには、ちょいと時間がかかる。この瞬間は、無念無想の気持ちで放出すことに集中しなければならない。雑念とかまわりの喧騒に惑わされてはいけないのである。

 これがかって勤めていた会社のトイレや公衆トイレでは、そうはいかない。
 会社のトイレで、まだ放出できない待機中に、あとから隣に上司でも来られたことには、もう、ミジメ! 隣の上司は、日頃の仕事振りと同じくすぐさま勢いよく放出し、腰を揺らし、残りを振り切ってさっさと立ち去って行く。
 この間こちらは、上司に会釈して頭を下げるだけで先に入ったのにまだ取り残されている。  

 公衆のトイレでは、混んでうしろにでも並ばれたなら、もうダメ!
 両隣りが入れ替わってもこっちはまだアサガオを叩く気配はない。焦る程に出ず、うしろの視線の気配に耐えかねて、やむなく中止して筒先を納める。
 なんだ、こいつ、終わったんなら早く交代せんかというような顔をしたエラの張った顎の男と入れ代わる。
 そして手洗場に行こうとした途端、蛇口からぬくもりのある滴(しずく)が滲み出るのを下腹部に感じる。今になって・・・このやるせなさ、わっかるかなぁ・・・

 尿意があって起こされたのにすぐには出てこない。 しばらくはそのままの態勢保持である。
 待つこと一分、ようやく筒先にぬくもりを感じ、滲み出てきた。若い頃のようにしぶきが、立ててある便座を飛び越すほどの勢いはなく、ちょろちょろと岩壁を滲み出るように途切れなく流れ出て、ダラダラと続く。
 もう終わったかなとしまおうとすると、高速道路の渋滞のかたまりのように次のかぼそい尿(いばり)の流れがやってきた。
 それも前に飛び出していくのでなく倒した竿の先から伝わって滴(したた)り落ちているだけのことである。身体が冷えてきたのに、まだ終わらない。


 前立腺を患ってからもう何年になるだろう、おまけに70を過ぎたこの歳になって今度は尿管結石で七転八倒の苦しみを味わった。
 もう、苦しいのなんのって、女の人が出産する苦しみとおんなじか・・・その痛み、ある日突然訪れた。
 救急車を呼ぶべきか女房がオロオロしている。
 近所への外聞もあるのでやっとの思いでタクシーにて病院へ駆け込む。
 その道中のきついことなんのってありやしない。
 妻の支えで何とか我慢するもバックミラーに映るタクシーの運ちゃんの目がやけに冷たい。

 到着後、病院でできる検査は、全部やってもらい、出た診断結果が尿管結石の疑いありだった。
 治療は、ただどんどん水を飲み、オシッコをして、我慢できなければ坐薬を入れてのただ耐えるだけである。
 坐薬をいとも簡単に入れて貰った心根(こころね)の優しい看護婦さんから、そのうち、便器にコロッと石が落ちてきますよ、お楽しみにと言われたがそんな兆候もなく痛みは続いたが、何日かしてその痛みも治まった。

 だが何となく下腹部には、いまだ違和感を持ち、爆弾を抱えたままなのである。
 いずれにしろ腎臓から膀胱までの尿管は、石っころで、膀胱から発射口までの尿道は、前立腺のふくらみでトラブっているのである。よりによってこの歳になって、尿管と尿道にダブルパンチの苦難が与えられた。
 小さいころ、とっ捕まえたアマガエルのお尻に麦わらを突っ込んでブワァッーと息を吹き込んで、カエルのおなかを膨らました悪行に、今になって天罰が下ったのか あ~ぁ、ごめんなさい。


 尿管、尿道どっちが悪くてこんなに流れが悪いんだろう?
 もう出終わったかと思い両手で絞り出すように振ると、また露のように数滴、残ってた尿が滴り落ちた。それも振り切ってもとに収める。やっと終わったのである。
 すっかり覚めた頭になり、寒気が入らないようにそっと窓を少し開け、外を窺う。外灯に照らされた道路が見える。車一台も通っていない。更に伸び上って遠くを見る。その時、縮こまった筒先から、伸ばした足の内股を伝い落ちする滴を感じた。
 遠くは、真の闇である。なんにも見えない。こうしてどこかで同病者がまだ明けやらぬ夜中、同じようにポツネンとしているんだろうか? 

 ふと前立腺の診断で今日、新しく訪れた病院での清潔感あふれる待合室の光景が甦る。
 大半が自分と近い初老からの老境の男どもである。
 泌尿器科専門のその病院、こんなにシモの機能障害で来診している人が多いのか・・・

 なんと、担当医は妙齢の女医さんだった。
 まぁ、男が産婦人科を診るので女性が男性泌尿器科を診てもおかしくはないんだが、緊張した。例のお尻からの玉門への触診の時も"はぁーい、力を抜いてくださぁーい"と優しい声で言われても、もう、おなかの方は、腹筋のかたまりになっている。
 いつもなら、男の無骨な指でゴリッ、ゴリッとやられ、看護婦さんの腕にしがみつきながら、オォッ―と悲鳴を上げたくなるところだが、今回は、こそばゆい感じがお尻あたりに走るだけである。
 ふっー、やっと終わった。

 そして、女医さんが言った。この病気、どうしてもあれこれ気に病むかもしれませんが前向きな気持ちで治療に専念しましょう。気持ちの持ち様も大きいですよと。
 そうなんだ、オシッコが近いと気にすれば余計に気になり、それが夜中に何度も起こされ、悪循環となる。気にせずおおらかな気持ちで前向きにこの苦難?に立ち向かっていくしかないんだ。

 気持ちも「一歩前へ」なのだ。

 そう自分に納得させながら先程開けた窓を閉めるために、更に一歩踏み出した。

 その時、足が便器にあたり、便座が手前に倒れてきた。
 そうか、さっきもこうして倒れてそのままにしといたなぁと先程トイレに入った時の便座の疑問がとけた。
 なぁーんだ、そうだったのかと今度は、便座を立てた。

 どうでもいいような疑問がとけて気は楽になったけど、相変わらず蛇口の元栓あたりをギュッと両手で握り締めて、なんか力いっぱい絞り出したくなるような残尿感をいまだ残したまま、初老の男は、またトイレの電気を消して、手探りで寝室へと歩いた。

 やれやれ、今度は朝までゆっくり眠りたいものだとぬくもりの残っている布団にもぐり込み、冷え切った身体を更に、丸め込んだ。



後日談
 その後も下腹部の違和感は、今でも続き、またいつどこで踏んでしまうかなと尿管結石の触発地雷を抱え、前立腺障害は、PSAの値;0.58と全くガンの疑いはないものの相変わらずの1~2時間おきの睡眠障害に悩まされている。
 これって遺伝性はあるのかなと男兄弟に聞くも一人同じ症状だが、あとの三人は寝付いたら次の日の朝まで健やかな眠りについている。
 同じ年頃の遊びの仲間に聞いてもそうだという人も居れば、それってなぁーに?と聞き返す幸せな奴もいる。あ~ぁ、俺も永遠の眠りにつくまでいつの日か朝までぐっすりと眠りたいもんだ。
 無病息災、誠に何事にも代えがたい人生の宝である。同輩諸君、あなたは何か持ってますか・・・