42期 徒然草 | ||||
村の寄り合い | 谷口 日出男 | |||
4月、新しい年度が始まった。その前の3月初め、次年度の町内会の新しい役員を選出するための総会に何年かぶりに出席した。 会場は、鎮守の杜のそばにある町内会館である。事前の町内会総会開催のお知らせでは、住人のこの総会への出席を促し、欠席した場合には、役に選出されても一切文句を言ってはならない旨の但し書きが記されていた。前にはなかった苦肉の文言である。
もう、俺は、すでに過去に三役のひとつをやっていたので今回も何の役にも選出されない。気楽な?町の老人の気持ちでの参加である。約60名ぐらいの出席者のうち、何人か見知った顔もあるけど半分以上は名前の一致しない顔である。25年以上もここに住んでいるのに、女性に至っては、大半が初めての顔のようである。 そして例によって、粛々と?役員が選出されていった。驚くことに、何年か前に自分が選出されたとまったく同じ光景がそこでは繰り返されていた。配られた投票用紙に、周りの人から教えてもらう人の名前を書きながら、あ~ぁ、あん時もこうだったなぁとその時の光景が甦ってきた。
"新しい役員を決めたいと思います。推薦がいいですか? それとも投票で選びますか?" "・・・" 二三度、繰り返されるも "・・・" 引き続き、沈黙がその場を漂う。 "それじゃ、いつものように投票でいきやしょうか、いまから紙配りますからそこに名前を書いてください" その時、発言あり。 "投票といっても今夜ここに来ているものは割りが合わんじゃろう。みんな、お互いに名前も顔もわからんからここに来ているもんから選ぶもんだから、来とらんもんは、得しちょる。俺もこれから来んめぇー"と、40過ぎの男が口をとんがらせて言う。 "なん言うちょる。今夜、ここに来れん人もいるがなんもここに来たもんの中ばかりで選ばんで町内全体の中で選べばいいじゃろう。・・・"とやや年配のパンチパーマの男が丸めた紙でさっきの男の頭をコツンと叩く。 うちの町内、全部で200世帯ぐらいあるのかしら。丁度、平成2年にここに移り住んで今年で15年目になる。幹部候補生学校の位置する高良大社の裾にある高良内町は7個の町内に区分されている。俺たちの住む二町内は昔からの住まいで区域も狭いので世帯数もそう大きく変化がない。 自衛隊官舎のある五町内なんか区域も広く、新興住宅がドンドン建ち、人も増えている。運動会もかっての二町内の栄光は、五町内に取られっ放しである。 しかし、二町内では昔からの土地柄なので住民の気心は知れているようだ。ただ、新参者、他所者を除いては・・・。 今夜は、二年任期の役員改選のための集まりで五十数名が集まっている。畳敷きの広間には、前に、町内会長、公民館分館長、会計の三役が座り、テーブルをはさんだそこには、前に男どもが二十数名、その後ろに男よりちょっと多いくらいの三十名弱の女性軍が座っている。 さっきの不満の男に同調して初老の男や自営業風体の男から発言あるもその代用策も提示されないので結局は、投票ということになった。先程の不満分子、まだぶつかさ言っている。 紙が配られる。"そいじゃ、まず町内会長から選んでもらおうかのー" 誰書くんだろう? すでに町内会長、公民館分館長、会計の三役を過去に一回やったものはもう役には就かんでいいという不文律がある。時々見る周りの顔も、名前はトンとわからない。知っていても苗字をおぼろげに知っているだけである。ただ、その苗字も古賀に藤吉に丸山とやたらと同じ名前があるので誰が誰だかさっぱりわからず。ただ地元(?)の人は、ミッちゃんのりょうじ君なんのといっているので同じ苗字でも判別できている。 またその件の不満グループから"誰が町内におるかわからんじゃろう、名簿かなんかなかっちゃろか?"と言われても三役の方、今までそんなものはなかったと言うのみで泰然としている。そうだよな、誰が住んでいるかわからんのに誰を書いていいのやら、彼が言うように名簿一覧表でも用意して貰うと助かるんだが・・・。 誰を書くのかなぁ、すると、前に座っていた者が自分の書いた投票用紙を見せてくれる。その人、どこの村でも見られるまぁ、町内の取り仕切り役みたいな人だ。温厚な人で俺も知っている。周りの人にも見せている。俺もそこに書かれた名前を写す。その書かれた名前の人、どんな人か全然知らない。 開票結果、その名前の人が町内会長に選ばれる。得票数45票、他の人の得票数も公表され、他の三人にも合計6票が投票されていた。 新しい町内会長、目の前に座っていた。65,6歳くらいのめがね掛け、それなりの風体をした人だ。ホワイトボード板にその人の名前が書かれる。町内会長の役職の下には会計、分館長そして防犯、交通指導、衛生、体育、消防、青少年補導、民生、女性の会と役職が書いてある。 うわぁー、こんな調子でみんな選んでたら、いつになったら終わるんじゃろうか・・・もう、すでに8時である。集まりが始まってもう小一時間経っている。 "次に会計を選んで貰おうかのー" 会計の役は、二番目に偉い(?)役か。選出方法がスムーズに流れ出したので司会の分館長が明るい声で言う。そうか、あん人は分館長だったのか。それでいつか、朝、通勤している時に自転車に乗ったその人から二三度、"今度の運動会、頼みばすばい"と声掛けられた。 二番手の役、会計、今度は誰を書くんじゃろうか? 先程の取り仕切り役は、今度は俺の方には向かなかった。仕様がないから適当に右にいた男の人の苗字だけを書く。名前がわからんので俺のは、多分無効票だろう。 開票結果、ボードにいともすらすらと予想されたように「谷口日出男」と書かれた。ボードに書いているのは現在の会計役をしているとかでこの町内ではちょっと珍しいインテリ風の優男である。 先程町内会長を選ぶ際にこの人の名前を書けと取り仕切った人が俺を振り返り、笑みを投げかけた。中央の席から、不動産屋の現町内会長も笑みをたたえ、俺に頷く。この不動産屋の斡旋で今の土地を購入し家を建てた。時代劇の斬られ役をしたよう風貌のこの顔、ゴルフ練習場で何度か顔をあわせたことがある。 得票数44票。今度は他の人の票は、公表されなかった。 3日前の夕食時、妻から報告があった。やっぱり、お父さんが言ってたように役を引き受けて貰えないかと言って来たわよ。町内会長さんが来て、是非谷口さんに次の会計をやって貰えんじゃろうかと・・・。予想されたことだった。 その前に役員改選のための町内会の集まりのお知らせがあった。 7,8年程前に自治委員、それに引き続く二年間の体育委員、そしてこれは町内会役員と違うが神社の宮総代を三年もやらされ、昨年一年間は、やっとフリーの年だった。 しかし、今度は三役のどっかが廻ってくるだろうと何となく予想はされた。俺の町内での今の認知度からまぁ、無難なところ会計か・・・。会長にはまだ役不足、資産不足、貫禄不足かそれによそもんだ。分館長は、これまた激職なので勤め人には無理だ。落ち着く先は会計か・・・。と予想していたら、そのとおりになった。 ただ、今は義父が末期がんで明日をとも知れない命なので断るか・・・。妻とあれこれ話を交わす。この種の仕事、妻の協力がなければやってはいけない。しかし、いつかは廻ってくる役だ。今のうちにこの無難な(?)役の方を引き受けた方が将来に亘って得策か・・・。オヤジが危篤だからと断るのもまた大人気ないし・・・。最初からそんな役、私には勤まりませんと言って鼻から断るのも折角、推してくれた人達を裏切るし、俺の自尊心も許さない。そんな自尊心なんか棄てちまいなと思うが回りで献身的に町内の役を買って出ている人を見るとそういうわけにもいかない。 まぁ、引き受けざるを得ないだろうなぁ・・・。 "町内会長になんて返事したの?"と妻に聞く。"今の状況を話して断るようお願いしたわ、でも町内会では谷口さんが会計に選ばれますのでまたその時にお願いに再度伺いますだって。それにこんな状況だから今回の町内会も出席できませんとお願いしといたわ。" ふ―ん、町内会に出ないとなると欠席裁判か・・・。 町内会長に会計役の受諾返事をしないまま、佐世保の義父を見舞ったあと妻をそこに残し、遅れてその一時は出まいと思った町内会に出席する。すでに議事は始まっていたが町内会長のホッとした顔で迎えられ、前のほうに座らされた。 続いて、分館長選出。今度はその取り仕切り役、名前を書いたのを俺にも見せてくれた。周りを見るとそれぞれ四、五人が顔をつき合わせて書いている。女性軍も同じ。そうすると俺の時もこんなにして書かれたんだ。 だって俺の名前を知っているものは今日の出席者の内、何人いるだろう。逆に俺が知っている顔も十人にも満たない。ましてや女性軍なんて殆んどが未知の人である。その人たちが少なくとも44人が日出男という名前はともかく谷口という苗字を書いたのは間違いない。 凄いなぁ・・・。何がって? その根回しに・・・。 投票に当って文句を言ってた者もやっぱりこうして廻されてきた名前を記したんだろうなぁ。町内の世帯主の一覧表を配り、そこから選ぶとかいうんでなくてもう、ちゃんとシナリオは出来上がっていた。 そこに杓子定規に、ルールを厳格に作るのは返って仇になる。 表と裏があって丁度うまい具合に成り立っていくのがこの寄り合いか。良い、悪いは別にしてそれが町内会が円滑にいく方策なんだ。それで会長とか分館長とかその文句を言ったものとか取り仕切っている人とかは何でもわかっていたんだ。 なぁーんだ。 分館長決まる。さっきからぶつかさ言ってたグループの一人だ。ボーズ頭のやや偏屈な人のようだ、うぇー、これからこの人とつきあわなきゃならのんのか・・・。 三役以外の役は、これまた再任があったりすでにもう頼んである人がいるとかでスムーズに決定、早く帰って飯を作らなきゃと思ってたので一安心、しかし時計はもうすでに9時過ぎている。 ただ女性の会は、どうやら欠席裁判になったようで、町内会が解散する際に、その選ばれた人の了解を今から家に行って取って来るので、それまでは女性軍は残ってくださいと、こんな席でいつも見る主役格のおばさんが喚(わめ)いていたが皆、さっさとかえってしまった。 この女性の会、なかなか役が決まらないみたいで今回も欠席裁判になったようである。穿った見方で謂えば、大半の人は、この総会の席に参加することで自分に廻ってくる役を回避しようとしているのかもしれない。まぁ、自分に火の粉が降りかからなきゃそんなもんだろう。俺自身も今までそうだったんだからそんな態度を詰(なじ)ることもない。ただ、今度逆の立場に立たされると改めて人のエゴを感じる。 新三役、前に出て挨拶をする。"下谷に住んでます。高良内に来て14年になります。会計業務、公正になるよう全力を尽くします"といつものように余計な一言で挨拶をする。 だって他の二人は、ただ皆様の協力をお願いしますと言うだけだもん。前に座っている町民と旧知の間柄であればそれでいいんだろうが俺は、知らない人が大部分だし見ている人も、へぇーあの人が谷口っていう人か、色が黒いわね、何しているんだろうか、初めてあんな顔を見たわと思っているかも知れない。 かくして、平成17年4月から平成19年3月までの二年間、久留米市高良内町二町内の会計の役をやることになった。 また、寄り合いに、運動会に、祭りに何やかやと引っ張り回されることになった。二年間も・・・ あ~ぁ! お疲れ様でーす!!
7時から始まった総会も、今回は根回し十分だったのかスムーズに事が運び、9時前には終わった。 新しく選出された三役とは、普段からの顔見知りだったので、総会が散会した後も残らされて長老たちの雑談に参加させられた。その時、問われる。 "谷口さん、もう仕事辞めなはったんでしょう。そんなら次は、なんか三役のひとつでもをやってもらわにゃいけんめー" "いやっー、わたしは前に会計をやりましたので・・・" "なんの、そりゃ昔のことじゃが、今は、三役なんか、なり手が居らんもんだから本人がいいって云えば、なんでん、でくっちゃが" あ~ぁ、今夜は、余計な出席だったか・・・墓穴を掘ったか・・・? |